2015年5月6日水曜日

北海道新聞 佐竹直子記者の講演 ③/5



2015年5月3日、ねむろ「九条の会」の主催による「憲法記念日のつどい」で、佐竹記者が講演された内容の一部分を要約してご紹介します ③/5

 私は起訴された11人の先生方のうち、遺族確認ができた人しか記事に名前を入れていない。遺族にとって戦後70年たっても事件はまだ終わっていない。実際に自分の父親の名前はださないでくれ、と言われた人もいる。特に本州に移り住んだ人にとっては現代でも、縁談に影響がある、子どもの就職や人事に影響がある、といわれる。
 根室の厚床小学校の先生について、本に記述したが名前を入れていないのは、遺族を発見することができなかったから。12人起訴されて11人有罪となったが、残りの一人は無罪になったのではなく、この厚床小学校の先生が亡くなったため。
 この先生が逮捕されたのは十勝の小学校に赴任後だったが、根室の厚床小学校にいた時に、生活をありのままに書く綴方教育と、生活をありのままに絵にする生活図画教育を実践していた。現在白糠町にいる教え子は、高等小学校に行く学費が払えずにいたが、学費を「出世払いでいい」と言って先生が払ってくれた。
 小学校を卒業した教え子のもとにある夜、先生の奥さんがやってきて、だまって手を握られ、奥さんはそのまま走り去った。握られた手を開けるとチリ紙が広がった。そのチリ紙には、助けてくれ、と鉛筆で走り書きがしてあった。町内会長に相談したが、「そんなものは捨ててしまえ。お前も逮捕される。町内全部に取調べされて迷惑だ。先生の作文なども全部燃やせ」、と言われた。
 先生が危篤のため仮釈放された後、先生の父親から電話があり「病気だから会いに来てくれないか」と言われたが、周囲の反対にあって会いに行くことが出来なかった。亡くなってしばらくたってから訃報を聞いた。教え子は根室の森でひとりで泣いた。
 先生を見捨ててしまったという思いは、ずっとその教え子の心に引っかかっている。なぜ先生が捕まったのかいまだ分からないが、分からないまま先生を見捨ててしまった自分が一生悔やまれる、と語っていた。

 昭和18年の旧文部省の資料に、生活主義教育運動の問題が記載されており、例として厚床小学校の文集が掲載されている。文部省は資本主義社会の矛盾をせしめる作文だ、作文に教師が批評をのせたことに対しても「批評を通じて左翼意識の高揚をさせている」と指摘し、こういった不祥事が再び発生しないよう求めている。そして有害なる教育思想を払しょくし、皇国史観の教育観の樹立と実践に全力を尽くさなければならない、としている。
 この作文は果たして不祥事なのだろうか?

0 件のコメント:

コメントを投稿