2015年5月7日木曜日

北海道新聞 佐竹直子記者の講演 ⑤/5

2015年5月3日、ねむろ「九条の会」の主催による「憲法記念日のつどい」で、佐竹記者が講演された内容の一部分を要約してご紹介します (⑤/5)



 これらの取材の中で獄中メモのほかに貴重な資料を入手した。生活図画事件で取り調べに立ち会った元書記官の証言を収録したテープを入手した。
 このテープの中で元書記官は「かわいそうだと思ったことはない。国逆らったって仕方ない。馬鹿なことをしているな」と。テープの中の元書記官の声は悪びれてなく、サラッと発言していた。この元書記官がひどい人という意味ではなく、書記官として取り調べの仕事を遂行したにすぎない。
 そうだとすると、この事件はいったい誰が被害者で、誰が加害者なのか。被害者が不当な取り調べで脅され苦しめられ2年半もの拘禁された先生方だとすると、加害者は取り調べをした警察や検事だろうか? でも彼らは自分の仕事を黙々と進めていただけかもしれない。
 入手した様々な記録の中には、取り調べをした検事の戦後の証言もあった。のちに弁護士となった検事を坂本さんたちが問い詰めた資料。弁護士となった元検事は、今の時代も同じことをするかと聞かれ、今はしない、当時の法律に従って行っていただけだ、とサラッと言っていた。
 彼らもまた、戦争の犠牲者の一人かもしれないと、取材を進めていく中で強く思った。
 ナチスのアイヒマンの裁判に関するハンナ・アーレントという人の記録を見たことがあるだろうか? アーレントは、アイヒマンが罪だというのではなく彼の思考を停止させた戦争そのものが罪だと指摘し、ユダヤ人から非難をうけた。私は取材をするなかで、アーレントが指摘した思考を停止させた時代の罪ということを強く感じた。
 前述の元書記官は、中国で死亡者を出すような拷問にも立ち会っており、その証言をしたテープでは彼は涙をしていた。人が死ぬという重みがあるからだろう。しかし生活図画事件ではカラッとしていた。「かわいそうだと思ったことはない」という言葉を私は忘れることが出来ない。ご遺族を取材して見てきた涙と対照的だった。それが時代の罪なのか、と強く考えさせられた。

 この取材で多くの方の協力をうけた。標茶の方は新聞記事を見てたくさんの手紙をくれた。この取材をはじめてからどんどんいろんな方が協力してくれるようになった。自分たちもどんどんこの記録を掘り起こして、残してほしいという思いが伝わった。20年の記者生活の中で初めての経験。
 昨年亡くなったその方から「俺たちが死ぬ前に早く話を聞け。一日も早く一人でも多くの人の話を聞け」と。「あんたの仕事はそれを記録して、聞くだけじゃくて伝えること。記事だとすぐ古新聞になるから、本にして後世に伝えろ」と言われた。
 ひとりでも多くの人に一日でも早く伝えることが、本にまとめることの意味。あやまった歴史を繰り返さないためにそうしてくれ、と彼が私に言った宿題を守るために、本を倉庫に眠らせたままでなく多くの人に伝えるために走り続けてきた。
 
 どうか一緒に語り伝え、平和な日本が、子どもたちが先生がいないと泣くことのない、平和な時代を続くことを切に願っている。


※以上は、佐竹記者がご講演された内容を、ねむろ「九条の会」の事務局がメモ書きしたものであり、正式な講演記録等ではありません。当日のお話のおおまなか雰囲気を読み取っていただければ幸いです。また北海道綴方教育連盟事件に興味をお持ちの方は、ぜひこの機会に佐竹記者の著作『獄中メモは問う 作文教育が罪にされた時代』をお読み下さい。

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